「廻り続ける独楽」のひとり言 13

 速度違反はこわい  昨日阪神魚崎駅から海上自衛隊阪神基地隊までタクシーに乗りました。国道43線を走っていると運転手さんが、「お客さん、この道が指定速度40キロなんです。信じられますか。」と話しかけてきました。私は尼崎の公害防止裁判により40キロに制限されていることを知っていましたが、何も言わずに聞いていると、「この片側4車線の道路で…
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「廻り続ける独楽」のひとり言 12

 昨5月8日の産経新聞(夕刊)に広島中央警察署の8500万盗難の記事が載っていました。広島地方検察庁に10年間勤務していたので他人事ではありません。広島中央署は、広島県警の筆頭署、署員も多く、そんな簡単に盗みができるような場所ではありません。ましてや8500万円といえばかなりかさばり重さもあります。盗難場所が会計課の金庫と言われるところ…
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交通事故に対応する行政書士の「廻り続ける独楽」11

 即位の礼、大嘗祭の思い出  昨日5月1日、天皇陛下が即位されました。これから即位の礼、大嘗祭が行われることと思います。上皇陛下の即位の礼、大嘗祭が行われたのは、平成2年11月12日と11月22日でした。当時私は東京地検に勤務しており、警察による警備が大変でした。ご存じかも分かりませんが、合同庁舎6号館(法務省・検察庁)は、警視庁の向…
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交通事故に対応する行政書士の「廻り続ける独楽」10

 初めての夜勤  刑務官にとって夜勤はだれもが経験しなければなりません。警察官でいえば交番勤務のようなものです。夜勤を何年間かやって日勤になり、担当や警備係、出廷係などの保安関係か庶務・用度・会計などの事務関係に進みます。なかにはずっと夜勤をしている人もいます。  初めての夜勤の日、保安課前に整列して点呼を受けます。私は何も考えずに…
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交通事故に対応する行政書士の「廻り続ける独楽」 9

 同 期 生  同期と言っても、拝命が同じもの、初等科研修の同期生、高等科研修の同期生といます。これからお話しするのは、同じ施設(神戸拘置所)で拝命した同期です。  自庁研修の間は、警備隊に勤務させられます。警備隊と言うのは施設の秩序維持に従事するセクションで管区機動警備隊と施設警備隊があります。神戸拘置所はあまり大きな施設ではない…
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交通事故に対応する行政書士の「廻り続ける独楽」 8

 新 米 刑 務 官  昭和46年8月刑務官になりました。いざ勤務してみると前の職場とは大違い、まず自由がない、立ち仕事である、一度役所に入ったら勝手に出れない、言葉使いが全く違う、前は営業でしたから、一旦会社を出ればあとは自由、目標さえ達成すれば、仕事中に喫茶店に入ろうが、映画を見ようが自由であった。  これじゃとても勤まらないと…
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交通事故に対応する行政書士の「廻り続ける独楽」 7

 転 職 し ま し た。  大阪万博も終わり、海外産業視察団にも行かせてもらいました。生活は相変わらず自堕落な生活で、朝はぎりぎりまで寝て、朝食も食べずに出かける。朝食は会社の近所の喫茶店でモーニングを食べていました。夜は麻雀か飲みに行く、たまに早く帰ると夕飯がない、母親とケンカです。母親にしたら作っていても食べない、いつ帰るか分か…
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交通事故に対応する行政書士の「廻り続ける独楽」 6

 産 業 視 察 団  大阪万博が終わってすぐの昭和45年9月24日から3泊4日で台湾へ産業視察団として行くことになりました。産業視察団とは名ばかりで、大阪万博で会社が儲かり、その御褒美で新建材のメーカーとタイアップして各社の主に若手社員を海外旅行に行かせることでした。当時は海外旅行など夢の夢で、パスポート等珍しく親戚中に見せ歩きまし…
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交通事故に対応する行政書士の「廻り続ける独楽」 5

 松 竹 新 喜 劇 ・ 藤 山 寛 美 さ ん  私が勤めていた会社は、毎年1月15日、大阪道頓堀の中座を借り切って得意先を招待していました。詳しくは分かりませんが、社長が藤山寛美さんと知り合いだったみたいです。この中座招待は、得意先には評判がよく、この時期が近づいてくると、得意先の我々営業マンに対する態度が変わってきます。一般の景…
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交通事故に対応する行政書士の「廻り続ける独楽」 4

 大 阪 万 博  大阪万博が2025年に決定しました。これから書く大阪万博は、1970年の大阪万博です。当時私は23歳、サラリーマンをしていました。私が勤めていた会社は、建築資材を販売する会社ですが、工事部があり、日本政府館の工事もしていました。万博会場には何度も行きましたがすべて工事の応援で、万博が始まってからは一度も行ってません…
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交通事故に対応する行政書士の「廻り続ける独楽」 3

 東 大 安 田 講 堂 事 件   50年前の今日、昭和44年1月19日、東大安田講堂が閉じこもっていた過激派から開放されました。ちょうどあの時、友人と東京に行ってました。1月18日に東京本郷の旅館に泊まりました。本郷の街はやたらに警察車両が多く、大学紛争に興味もなかったことから、一体何があったのだろうと思っていました。宿について旅…
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交通事故に対応する行政書士の「廻り続ける独楽」 2

 わ が 故 郷  私は、神戸市兵庫区浜中町2丁目で生まれ育ちました。すぐ傍で母方の祖父が「村上製作所」という町工場を経営していました。浜中町は兵庫運河の南側にあり、運河の南ですから「運南地区」と呼ばれており、私が子供のころは、「運南劇場」という芝居小屋もありましたし、運南八校といって小学校が八校あり、須磨浦海岸の臨海学校なんか一緒に…
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交通事故に対応する行政書士の「廻り続ける独楽」 1

 は じ め に  平成29年7月29日から、「交通事故に対応する行政書士の MY履歴書」と題して、私の71年にわたる人生を書いてきました。平成30年10月16日に連載150号をもって終了しました。いろんな人から面白かったもっと書いてみてはどうかと言われました(多分お世辞だと思いますが)。しかし、MY履歴書を書くことにかなり負担がかか…
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交通事故に対応する行政書士の 履歴書 番外編

 お わ り に あ た っ て  昨年(平成29年7月29日)から始まった私の履歴書も終わりを迎えました。150回1年3か月弱かかりました。刑務官、検察官時代は守秘義務と言う壁に阻まれだいぶはしょりました。どうしても個人情報の関係があるため文章にするのは無理がありました。刑務所における受刑者とのやりとり、検察官の取り調べ状況等何冊か…
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交通事故に対応する行政書士の MY履歴書 150

 東 京 で す。  ①昭和49年東京都府中市にいました。東京の郊外でまだ少し武蔵野の面影を残していました。休みの日には、よく神田の古書街に行きました。行きは京王線で行くのですが、帰りは中央線で帰り国分寺で降りて駅の南側にあった喫茶「ルノアール」で買った本を読むのが楽しみでした。当時の国分寺駅は木造モルタル塗りの平屋の駅舎でのんびりと…
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交通事故に対応する行政書士の MY履歴書 149

 広 島 で す。  ①平成元年4月、広島拘置所に配置換えになりました。官舎は広島市中区上八丁掘にありました。広島城内になります。戦前の地図を見ると歩兵第11連隊の機関銃中隊の跡あたりになります。広島の中央官衙で税務署、検察庁 、裁判所、合同庁舎に囲まれていました。紙屋町まで徒歩約20分、八丁堀まで徒歩約15分という便利な場所に住んで…
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交通事故に対応する行政書士の MY履歴書 148

 尾 道 で す。  尾道は全く縁がないわけではありません。母親の年の離れた姉、私にとっては伯母が因島の向かいの生名島にいました。時々神戸に来ていましたが、船で尾道まできてそこから汽車で神戸まで来ていましたので、私たちは尾道の伯母さんと呼んでいました。息子、私にとっては従兄弟ですが、日立造船に勤めていました。  尾道は私たち家族にと…
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交通事故に対応する行政書士の MY履歴書 147

 奈 良 で す。  昭和60年8月1日奈良少年刑務所勤務を命ぜられました。長女は明石市立大久保幼稚園の夏休みに大阪へ転勤し、今また大阪市立友渕小学校の夏休みに転勤のため転校です。考えたら可哀そうなことをしました。1学期の終業式にはいますが、2学期の始業式には居ないんですから。  奈良は大阪とは全く環境が違い、住みやすい街でした。官…
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交通事故に対応する行政書士の MY履歴書 146

 大 阪 で す。  昭和58年8月25日付で大阪拘置所勤務になりました。あまり行きたくない施設でしたが、命令ですから行かざるをえません。生活環境もがらっと変わりました。一番影響を受けたのがこどもです。大阪拘置所は大阪市都島区友渕町にありました。昔の鐘紡の跡地です。陸・海・空に悩まされました。官舎の北側に阪神高速道路が走っており、騒音…
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交通事故に対応する行政書士の MY履歴書 145

 明 石 で す。  昭和55年3月22日付で神戸刑務所に配置換えになりました。神戸刑務所と言う名はついてますが、所在地は兵庫県明石市大久保町森田です。神戸刑務所は、昭和12年まで神戸市兵庫区菊水町にあったのですが、手狭になったと言うことで移転先を捜していたところ、当時の明石郡大久保村が誘致したとのことです。明石市は私の出身地神戸市の…
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